「ゲストハウス」について・2

『精神的マスナヴィー』は、基本的にはまず昔話や寓話が語られ、その後に解説が続き、また別の物語が語られ、それをメヴラーナが解説する・・・という具合に進みます。物語の途中で別の物語が語られ、更にその途中で別の講話が挟まれ、といった入れ子のような状態になっていることもしばしばです。

先日取り上げた「ゲストハウス」という散文詩は、ある物語が語られたその直後に続くメヴラーナ(ルーミー)による解説の部分を原型としています。以下は解説の対象となっている物語の訳出です。この物語自体もまた、それの前に語られた部分と連続しているのですが、それを言い出すとキリが無くなってしまいますので、とりあえず物語(と、導入部分)を抽出してみましょう。斜体はそれぞれタイトル部分に相当します:

人間の身体と、客人のための宿の相似について。アーリフ(註1)は、ハリール(註2)がそうであったように、喜びに対しても、また悲しみに対しても、見知らぬ異邦人に接するのと同じように親切にもてなす。ハリールの扉は、優れた客人を迎えるために常に開かれていた。不信の徒も、真の信仰者も、信頼に足る者も、裏切り者も ー 全ての客人に対し、彼(ハリール)は陽気な笑顔を見せた


年若い友人よ。この身体は、あたかも宿のようなもの。毎朝、新たな客人が駆け込んで来る。用心しなさい。「客人をもてなすのも大変だ」、などと言ってはいけない。そのような言葉を口にすれば、客人はたちまち姿を消して無へと帰ってしまうだろう。目には見えないあちら側からあなたの心を訪れた、それらはあなたの客人である。丁重にもてなしなさい。


館の主人の妻が、「雨が降り始めたせいで、客人の面倒を見なくてはならないなんて」と漏らした話


遅い時刻に、ある男の許へ客人がやってきた。館の主人は、胸元を飾る襟飾りにするように彼をもてなした。食物を載せた盆をいくつも運ばせ、あらゆる礼儀を尽くした。

その夜は、彼らの住まう近所で祝宴が行われることになっていた。男はこっそりと彼の妻に耳打ちした。「奥さん、今夜は寝台をふたつ用意しておくれ。私たちの寝台は扉の側に。もうひとつ、お客人のための寝台はその向こう側に」。妻は答えた、「ええ、喜んでそうさせて頂きますとも。あなたのおっしゃる通りに従いますわ、だってあなたの仰ることには間違いがありませんもの!」。妻は両方の寝台を用意した。それから、祝宴へと出かけてゆき、そのまま長いこと戻らなかった。彼女の夫は、立派な客人と館に残った。食事の最後に、主人は客人の前に果物と葡萄酒を差し出した。洗練された人物どうし、互いの経験を ー 良いことも、悪いことも ー 深夜まで語り合った。

やがて話も尽きる頃、客人は眠気をおぼえて、扉と向かい合った寝台へと向かった。主人は何も言わずにいた。彼の繊細な感覚からすれば、「わが親友よ、あなたの寝台はこちらだ。こちらに体を横たえてぐっすり眠れるように、あなたのために用意しておいたのですよ、貴人どの」などと口にして言うことには羞恥のためらいがあったのである。それで彼が妻と取り決めておいたことはお流れになった。客人は、部屋とは反対側の寝台で眠ることになった。夜の間に、辺り一帯で激しい雨が降り始めた。雨は長いこと降り続けた。人々は、雨雲があまりにも厚いことに驚くばかりだった。

やがて妻が館へと戻った。彼女は、夫は扉の側で、客人はその反対側で眠っているものと思い込んでいた。妻はすぐさま着ていたものを脱ぎ捨てると寝台にもぐりこみ、続けざまに数回、客人に口づけした。「ああ、大事なひと」、彼女は言った、「こうなることを恐れていたのよ、私が思っていた通りになったわ、大変よ、大変、的中したわ!外は泥でぬかるんでいるし、雨は降りやまないし ー あなたのお客様、ここで立ち往生することになるわねえ。だってそうでしょう、どうやってこの泥と雨の中を出発できるって言うの?あのひとったら、まるでお役人の石鹸みたい。あなたにへばりついて、何もかもこすり落とそうって算段よ。あなたは頭から魂まで、まるで税みたいにむしり取られることになるわねえ」。

客人はすぐさまとび起きて言った、「ご婦人よ、離れてくれ!私には長靴がある、ぬかるみなど気にはしない。今すぐ出発するとしよう。あなたに良いことがありますように!そうやって現世をさまよい続けるがいい。一瞬たりとも、満たされぬままでいるがいい。やがてあなたの魂も疲れ果てよう、そしてその時こそ、あなたの魂も真の住み処へと向かう気になるだろう!俗っぽいお遊びは沢山だ、旅人にとっては歩みの邪魔でしかない」。 高潔な客人が出発の準備を始めると、妻も自分の思慮に欠いた言葉を後悔した。妻は彼に何度も言った、「何故なんです、だんなさま。ちょっとふざけて冗談を言っただけなんです、何もそんなに怒らなくても」。

妻は哀願し嘆いてみせたが、何の役にも立たなかった。彼らが悲嘆に暮れる中、彼は旅立った。それから、夫妻は憂鬱に打ちひしがれた。彼らは客人の、まるで燭台無き蝋燭のように輝ける容姿を思った。かの男の蝋燭の光は砂漠を照らし、あたかもそこだけは楽園であるかのように、夜の暗闇から浮かび上がって見えた。今や彼らの館は悲しみの宿となってしまった。取り返しのつかない出来事が招いた恥辱が、いつまでもその場に居座り続けた。彼ら二人の心の中に、かの客人のまぼろしが隠された道を通って送り届けられ、繰り返し言うのだった、 ー 
「私はハディル(註3)の友である。おまえたちに数え切れぬほどの宝を与えることも出来たのに。しかしどうやら、それはおまえたちの取り分では無かったようだ」。


(『精神的マスナヴィー』5巻3644-3675対句目)

註1 アーリフ:知者または賢者、あるいは神秘主義者の意。
註2 ハリール:「神の友」の意。預言者アブラハム/イブラーヒームの尊称。
註3 ハディル:「緑の男」の意。参照:緑の男:ハディルについて。